「一つの習慣」では、ほんの些細な親の習慣を、それを見た子供が自然と受け継いでゆく不思議さが 描かれています。
「子供の言葉」では、子供にかた言を使うのは良くないと主張しています。自分はかた言を使わないで 子供を育てたところ、
「子供はよそのお子さんより口をきくのがすこしおくれましたが、その代わり かた言は一つもつかはず、ちゃんとはじめからあたり前の言葉でものを申しました」。
私がなるほどと肯いて読んだのは、子供独特の表現の妙に気づいて
「母親はいつどんな時でも、子供の言葉に注意して耳を傾けてやらねばならない。
(中略)
この、子供独特の表現といふものは、子供の気持が一ばんよくわかるばかりでなく、
大人にとっても思ひがけない教えを受けることが、すくなくはないのでございます。」
というところでした。つい忙しさなどにかまけて、子供の話を適当にあしらってしまうことがありますが、
やはり親としては気持に余裕が必要ですね。母親ばかりではありませんが。
さらに
「さうしてそれ以来、子供の言葉に気をつけてをりますと、お八つのお菓子などもらいました時 「歯と歯とこんにちは、こんにちは。このカステイラはおいしいですね、さう云ってたべちゃった」 と云いながらたべてをります。それで私はこれがいはゆる童謡といふものかもしれないと思ひまして、 ちょいちょい子供の言葉を書きつけてをりますうちに、ふっと、詩といふものもこの子供の言葉のとほり、 何でも自然に、ありあはせの言葉で、自分の思ったとほりを書けばよいのだらうと気がつきまして、 それで私はやっと一つ詩を書くことができまして、それからその詩が長くなりまして、随筆といふものに かはりました次第で、今日このやうなことを、何か申し上げてをりますのも、もとをただせばまったく 子供の言葉のおかげなのでございます。」
と、自分が随筆を書くようになった原因にまでしてしまいました。
この文の最後は敬語について書かれているのですが、ここだけはどうも私には肯けませんでした。
どこがですって。入力致しませんので、どうか御自分でお読み下さい(こればっかり)。
その他、「むかしの女いまの女」では、自分が母親から受けた教育についての回想を含めて、 育児について書いています。
「絹と木綿」には、「もめん随筆」の書名の由来が書かれています。
その他、時節柄従軍兵士向けの文章も含まれています(「銃後より」、「事変下の男性に」、「御挨拶」)。