れる澄んだ小川の石の下に、ザリガニがたくさんゐました。夏のー日、母のるすに近じよ
の悪童たちがあつまってきて、ザリガニをざるにいっぱいとって、台所の爐に大鍋をか
け、しやう油をつぎこみ、煮たつたところへザリガニを入れてさつと煮ました。
おいしいからたべてごらんよと、みんなからすすめられて、おそるおそるつまんでみる
と、いままで、苺とさくらんぼと、たうもろこしと、かぼちゃと、樹になったままの林檎
をかじる事より知らなかった私にとって、それはまったく驚嘆に値する、うまいものでし
た。子供の世界から一躍、大人の世界へとびこんだやうな味でした。
数へどし五つの年の事です。母に云へは叱られるので、もう一度たべたいのを、だまつ
て辛抱してゐるうちに札幌へかへる事になって、ザリガニとの縁は永久に切れたと思って
ゐましたら、はからずも北欧の旅の空で、五十数年ぶりでめぐりあったのです。塩うでし
たザリガニの紅い皮をむきながら、私は子供の日の、とれたてをしやう油でさっと煮たあ
の味を、しみじみと思ひ出したことでした。
あのザリガニが私に、味といふものを数へてくれた最初のものではなかったかと思ひま
す。
随筆 ふるさとの味に戻る