伊福部昭との係わり

最終更新日:2024年2月6日


 映画「ゴジラ」のテーマ曲で有名な作曲家伊福部昭の人生に、森田たまが大きく関わっているなんて、ご存じでしたか?
 昭和24年に刊行された随筆集「苔桃」(共立書房)の中の「苔桃の果の歌」に書かれているのですが、少し長いけれど引用します。

 去年の夏の某日、作曲家の早坂文雄氏と伊福部昭氏が、突然たづねてみえた事があつた。長い間の地方生活を、終戰とともにピリオドを打つて、東京へ出る決心をした伊福部氏が、新作をたづさへて早坂氏を訪れたのであつた。二人は終日終夜議論をたたかはし、いくらしやべつてもきりがないので、よし、それではお互ひの新作を彈いてみて、その上で批評をしようといふ事になり、わが家の貧しいピアノでそれを試みるべく、連れだつて來られたのであつた。
 私は音樂のすこしも分らない人間であるけれど、このお二人の美しい友情、よき競爭意識にいたく感激したのであつた。二人はおなじ時に札幌に生れ、十八の年に偶然、友人の家で知りあひ、夜を徹して語りあかし、人生の誓ひをたてたのださうであつた。さうしてその誓ひは空しからず、いまや日本樂壇のホープとなつた二人が、戰後はじめての新作を發表しあはうといふ、その折、傍聞きする幸運に惠まれた私は、胸をゆすぶられた。
 伊福部さんといふ人にあふのも初めてであり、その曲をきくのも初めてであつたが、「ギリヤーク族の古き吟誦歌」といふ新しい曲は、北海道の原始林を驅けめぐるやうな、久しく眠つてゐた郷土のたましひをゆり動かされるやうな、激しい驚きを私に與へた。あをいあをい、深い深い北方の空、搖れる樹樹、カレンズの實、ブラツクベリー、落葉松。……さうして切切と胸を打つ土人の聲、空のやうに澄み、空のやうに深い土人の女のうたごゑ。
 私は長女にすすめ、樂譜出版の仕事をはじめさせた。いふまでもなく、一ばん最初が伊福部さんのこの新曲である。私は廣告の文章を書き、われらは伊福部昭を持つ事を誇りとすると書いた。かかる人人を生んだ郷里を持つ事を、私は誇りとするのである。九月廿日、長女の誕生日にベルトラメニ能子さんが、この歌をうたつて下すつた。能子さんは半年かかつてギリヤーク族の習性からして研究し、まだ出來上つてゐないけれども、お祝ひだからと歌つて下すつたのであつた。私は二番目の「苔桃の果をひろふ女の歌」といふのを、ぼろぼろ涙をこぼしながらきいた。


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