わが月評―大正九年四月の文壇

「疑惑」


 南部修太郎《なんぶしうたらう》氏の「疑惑」(太陽)は、一通りはなだらかに出来上つてゐる。が、作品の内容は要するに細君が昏睡《こんすゐ》中、外《ほか》の男の名を呼んだ為に良人《をつと》が疑惑を起したと云ふ、唯それだけの出来事である。勿論それだけの出来事でも、絶対に小説にならなくはないが、かう表面だけ滑《なめらか》に仕上げたのでは、結局凡作と評するより外にない。もし良人の心もちを生かさうと思ったら、もう一足どころではない、二足三足《ふたあしみあし》も踏みこむべきものである。

底本:「芥川龍之介全集 第五巻」筑摩書房


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