大正八年度の文芸界


 (水上)滝太郎氏に及ばない事は勿論であるが、南部修太郎《なんぶしうたらう》氏も亦《また》、この派*の新進作家として、堅実な風格のある作家である。「蟀谷《こめかみ》のきず跡」の如き、「猫又《ねこまた》先生」の如き、氏の追憶的短篇の中には、素直《すなほ》な美しさに富んだものが少くない。唯、その魄力《はくりよく》に於て、何処《どこ》かまだ手薄な所があるのは遺憾である。

底本:「芥川龍之介全集 第五巻」筑摩書房

*「新三田派」のこと

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