次姉服部けさと作品年譜

最終更新2024年4月30日

 姉服部ケサは、医師としてハンセン病患者救済に尽力したことで有名ですが(須賀川人物伝)、
若い頃は妹テイと同じように文学を志していたようです。
ここにその頃の作品を掲載いたします。



明治年三十八年(1905)
服部けさ子(はがき文)夕まぐれ女子文壇 二号
服部けさ子(短歌)「春若し霽ふる夜を徒歩参り」女子文壇 二号
服部けさ子(美文)押花帖女子文壇 三号
服部けさ子(消息文)都の友の許へ(女子文壇 三号
服部けさ子(雑文)何ののろひか(女子文壇 三号
服部けさ子(短歌)「淡月に眞白き頬をそむけたる少女の袖に紅梅の散る」女子文壇 三号
服部けさ子(普通文)二人の忘備録第八明治才媛文集 四月
服部けさ子(言文一致文)三日のお留守居第八明治才媛文集 四月
服部けさ子(消息文)嫁きし友の許へ第八明治才媛文集 四月
服部けさ子(新詩体)女子文壇 九号 p.31
服部けさ子(短歌)女子文壇 九号 p.57
服部けさ子(消息文)女子文壇 九号 p.79
服部けさ子(はがき文)女子文壇 九号 p.105
服部けさ子*(はがき文)病院の一夜女子文壇 十一号
明治年三十九年(1906)
服部けさ子(才華篇)濱の一日第十一明治才媛文集 一月p.79
服部けさ子〇抒情文 押花帖女子文壇懸賞文集 一月
明治年四十年(1907)
服部けさ子(文語體)可憐第十三明治才媛文集 八月
服部けさ子(文語體)公園第十三明治才媛文集 八月
服部けさ子(文語體)琴第十三明治才媛文集 八月

*住所が「牛込」となっている。


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