師の君を思ふ

「少女界」第一巻 第五號 明治35(1902)年8月發行
本資料は、石井由美子さんにご提供いただきました。

岩代須賀川町東四丁目四番地 服部貞子(十五)
あはれ、幾百の人を乘せ、數万の貨物を積みて、日々何千里の道を、またゝくひまに往來し得る、汽車も我身にはかへつて、悲みの種となるなり。あゝ慕はしき先生も之によりて行かせ給ひ、今は我が新領地なる臺灣に御暮し給ふなり。やよ汽車、汝彼の時、我等のかなしみなげけるを見ながらいかなれば、我教への親を乘せて走り去りしか。我等は一時も汝のおそきを望みしなるに、憎き汽車かな。數へ見れば、早や四年の昔涙ながらにお別れ申てよりは、度々の御玉ずさに、いつも/\有難き教への御言葉見えぬことなく、昔にかはらぬ、お志の程、いと/\うれしく思ひ侍りぬ。あゝなつかしき先生、此方さへむし暑き此頃を、如何にそのがせ給ふらん。むさるゝ如き夏の日も、緑の陰に清水をむすび、心地悪しき夜も、川邊にとびかふ螢をおひて、憂さを忘らるゝ故郷を、如何に戀ひしとや思召給ふらん。まして來ん年の、我等の卒業式に、したはしき師の君の、おはせぬぞ、口惜しき限りなる。折しも聞ゆる汽笛一聲、殊さらに身にしみて覺えぬ。


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