岩城宏之「男のためのヤセる本」

新潮文庫 昭和56(1981)年


 不可解な老大家の”名演”(118頁)
 カール・シューリヒト(ドイツ)。彼は晩年、耳はほとんど聞こえず、下半身はマヒ状態という、失礼だがいわばヨボヨボだった。その彼と、ぼくは交代でレコーディングしたことがある。自分ひとりでは歩けず、ぼくが指揮台に連れて行ってあげる。大家の演奏だから参考までにとそばで聞いていて驚いた。ぼくが、ちょっと金管が強すぎるかな、と思う間もなく左手を伸ばしてピタリと抑える。それでリッパにバランスが回復する。長い経験と勘で、楽員の顔色を見ただけで、どこがどう鳴っているのか見破ってしまうのだろうか。


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