今朝はやく髪結ひの家に行つて居ました。昨夜見にいつた芝居の話――己が罪の環の可哀さうなことを繰り返しながら、髪結ひさんは頻りに髷をかいて居る。鏡の面のその手つきをぢつと見て居るうちに、私はふつと郵便のことを思ひ出しました。今朝は来て居る、必と来て居る、それも私の親しい人から――と思ふと、丁寧に櫛をつかつて居るのがいつになく焦れたくつて、結ひあげるとすぐ大急きで帰つて見ますと、ありました、郡山の弟からのと(やはりあなたのやうな)お珍しいあなたからのとが、乱れた机の上に。
だうもありがたう!
つまらぬ田舎ものを懐かしいと仰言つて下さるうれしさ、たゞ姉と呼はれんにはあまりに腑甲斐ない私をどうしませう。世をさびしむ弟に姉らしい慰めごとは出来ませんでも、猶おとうととしてあねと呼んで下さるならば喜んで私はお答へ申しませう。末子と生れた身はそれがどんなに嬉しいことでせう。
たゞ/\あまりに甲斐のない、何も知らぬゐなかものなることを御承知下さい。
もの思ふによき秋を幸ひに御勉強なさいまし
十月廿四日夜
貞 子
次郎様 御もとへ
【注記】本文には以下のような変体仮名が使用されていますが、読みやすさを重視してかなに置き換えました。
が(変体仮名 可に濁点)、は(変体仮名 者)、し(変体仮名 志)、す(変体仮名 春)、た(変体仮名 多)、だ(変体仮名 堂に濁点)、な(変体仮名 奈)
参考 人文学オープンデータ共同利用センター Unicode変体仮名一覧
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