封書(越知二郎宛)

【表面】伊達松山市唐人町三丁目 越知二郎様
【裏面】東京市外代々木初代(ママ)六〇七 服部貞子


昨日は朝から家をしめて出て新宿ステーシヨンの待合室にゆきました そこで秦さんを待つて九時にならうとする頃見えた秦さんと一緒に本所四ツ目の牡丹を見にゆきました また亀井戸に廻つて浅草により十二階にのぼつたり活動写眞にはいつたりして一日遊んで来ました 牡丹も藤もまだ盛りには間があるやうでした  私の家の近所はこの頃歩くのによくなりました麥の穂も出て居る楢の林は一日/\と緑の色を加へてゆきます 蛙もなきますし時にはもう虫の音までがきこえます
この節は今まで一緒に居た美知代さんとある事情でわかれるやうになり山田邦枝といふ友達と一緒に居ります毎日一度は必と市中に出てゆくのでその時には一々戸じまりをしてゆかなければなりませんから面倒ですの
秦さんは東大久保に越しましたつてねあの人はいつも元氣でうらやましいやうです
いふことが覇氣があつて面白い人
もう私が東京に来てからまる一年を過ぎましたきのふは恰度先生のお宅へあがつた日でした
一年と雑作なくいふうちにいろ/\なことを経験しました 三つも四つも年を取つたやうな氣がします若い人をみると羨しいやうな氣がするんですもの女といつてうつかりしてものを考へずに居られるやうな世の中ぢやなくなりました今邦枝さんが帰つてらしつてお友達を連れていらつしやいましたからこれでごめん蒙ります もつと要領を得た手紙をかく積りでしたけれど
おからだを何よりお大切にあそばせな
  五月二日朝 

貞子


 二郎様

【注記】本文には以下のような変体仮名が使用されていますが、読みやすさを重視してかなに置き換えてあります。
に(変体仮名 爾)、だ(変体仮名 多に濁点)、わ(変体仮名 王)、す(変体仮名 須)

参考 人文学オープンデータ共同利用センター Unicode変体仮名一覧


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