封書(川浪ていより前田晁宛書簡)

【封筒表】東京市芝区葺手町十八番地 前田 晁様 親展
【封筒裏】岩代須賀川町 郡立病院内 川浪 てい


 長らく御無沙汰申上げました。おひおひ世は花の頃に向ひ、何となきものゝ心待ちされる中にも相変らずお忙しく、しかしお元気でお過しの事とお察し申上げます。思ひの外長びきました私の病気も、おかげさまでともかく快くなりました。今はもう退院するする(ママ)日を目の前に控へて何や彼やと思ひを巡らして居ります。昔通りになるには猶多くの月日を費さなければなりますまいが、もう少しづゝ苦しみにも喜びにも当り前の人の仲間入りをしなければなりません。
 先頃は川浪が出社する事になりまして何かとお世話さまに相成りました。其折私からも一応御挨拶申上げなけれバならないのでしたが、しかし、かうして今までだまって居りましたのは私として自然なこゝろだったのでございます。今は何も彼も申上げてお願ひもしたわびも申上げなければなりません。その前に先づ私共がいつもいつも何かと御厄介に相成ります事を深く深く御礼申上げます。
 実は川浪がダイヤモンド社を止す事になりました時、私は今度こそこれを機会にもう勤めるといふ事を止してくれ、少くも私のために――といふ心組みを除いて一身を所置してくれ、自分一人だけの衣食さへ得られゝばいゝから、長い間あなたの喝望していた生活を試みてくれと申しました。けれどもやっぱりあの人は当分勤めるといふ心を擲ちませんでした。それは幾らかあの人自身のための不安もあったでせうが、先づ重に(ママ)私が病気をしてゝ可なりの費があるところから、せめて私の健康が取り返せるまで出来るだけの事をしてみるといふのにあったのです。そのうちに二つの口が出来ました。その一つは読売で、一つは彼の親戚の者の関係してゐる会社でした。けれども後者の方はまるで問題になりませんでした。それは普通の人にとっては或は願ってもない口かは知れませんが、単にたゞ衣食する為めばかりに生きてゐるのではない私共にとっては問題にならないのでした。読売の事では随分思ひ惑ひました、あの人は自分に出来さへすればやってみる積りだと言ひましたが、私は出来る出来ないよりも、あの人がそれをやっていゝか悪いかといふ事が問題でした。第一に体の事、第二には如何にも其仕事があの人に不適当な事、此二つは其職業は就くべく十分に資格を欠いてゐるにも係らず、尚且つ私は思ひ惑ひました。それはやはり私も実家の手前を憚たのです、話せば相当に理解はしてくれたでせうけれど、それを話す事の苦痛と、且つは実家とても余裕ある家ではないのに、川浪が為す事もなくしてゐてはと、つい体裁を考へてあの人の意志に委す事にしました。かくて私は先に提言した事を自分で抹殺してしまひました。(たとへ心ならずとはいへ)たゞ私は他からそれが妨げられるやうにと、つまり他に適当な記者が見つかってくれゝばよいと心密かに願ってました。
 今にして思へば私の悔と、貴方のおん前にいたした損失とはこの弱い心の上に残っています。
 貴方の御好意とお骨折とに酬えるに私達は何をしたでせう? 聞けば此程川浪は早くもあなまで辞意を洩らしたさうではございませんか。余りに辛棒のないとお思召しでせうけれど、私は寧ろあの人がさうした気持ちになったのを喜んでゐると申上げる事をおゆるし下さい。私にはさうした事のあるのを予想されない事もないのでした、(あの人は出来るだけ辛棒し、我慢されるだけ我慢する積りで居ったやうですが)たゞある点で割合に、私などより遥かにぢりぢり我慢の出来る人でしたから、或は自分から止すやうな事はしないかも知れないとも思ってました、そしてむしろそれを恐れ、悼しい事に思ってゐました。其位ならば初めから飽く迄も止めればよかったのに思召すでせう、それは全くさうに違ひありませんでした。そして今更に其事をすまなくも恥かしくも思ひます。心を屈して一つには自分を辱め、貴方には一方ならぬ御迷惑をおかけする事にそれがなったのですもの。
 けれども若し多少なりとも私共の幸福に就いて御懸念下さるならば、何卒今に初めぬながら今度の我侭をお赦し下されて、あの人が罷めようとするのをおとめにならないで下さいまし。おとめ下さるのは要するに私共の為めを思って下さるからこそなのでせうけれど、今は私どもの事情が――心が大分昔と違って居ります。私は今度の病気で大分いろんな事を考へさせられました。先づ第一に命に対して今まであまり迂闊でゐたことに気がつきました。「何時人は死に襲はれるかも知れない」といふこの平凡な新しくない言葉が初めて私の脳裡に刻まれました笑戯ぢゃあない!」と私の心は初めて真剣に呟きました。そして今まで可なり気長に――といふよりも暢気にかゝってゐた事を、急がなければならぬ、もっと真剣に取りかゝらなければならぬと思ひ定めました。
 私の仕事、私の務めの一つとして、「如何にすればあの人を幸福になし得る乎」といふのがございます、是れは私の離さうとして離す事の出来ぬ芸術と共に、長い間平行し、入り乱れ、上下し、相争って来たところのものでした。さうして其どちらともに何の獲るところもなくて今に至りました。何故なれば其二つは決して今まで両立する事が出来なかったからで、徒らに其煩悶のうちに年が過ぎ去りました。(この間の消息を審かにするには、一通りや二通りの説明では出来ません、どうぞ抽象的な表面的ないひ方をお咎め下さいますな)又何故両立する事が出来なかったかといへば、それは私の考へ方が間違ってゐたからで、重に私が利己の念を放れ得なかったところに起因しているやうに思はれます。頭ではかうではならぬならぬと思ひ乍らも、やはり衣食の為めにあの人を労働にやりました、たとへ決して強いはしなかったとはいへ。幾度か新しい生活を企てたけれども、それは要するに臆病な妥協に基いてました。一方に労働をやりながらも猶且つ自分の道が切り開ける人はそれで空しいでせう、けれども……なけなしの力を労働にのみ費さなければならぬ人があったとしたら、そしてそれで諦めてゐるならともかく、絶えざる不平不満に其生活を塗ってゐるとしたら、其人はなんといふ不幸な人でありませう?さうして夫婦のうちの一人が不幸な心を持ってゐて、果して其夫婦は幸福であり得ませうか。恐らく其不幸の大小は其人の能力が生むものでせうけれど、能力が小なれば小なるだけ大切に使はなければならぬといふ事を私は今になって知りました。
 長い間苦しみつゝ、時には絶望し、或時は不貞であり不誠実であって来ましたけれど、決して冷淡ではなかったのです。私が今まで自分の仕事に何の得るところもなくて通したのは、もとより充実してなかったからのことですけれど、また絶えざる悩みもそれを妨げました。あの人の道を阻んでおいて(少くもそれには冷淡でゐて)どうして自分の道ばかりのこのこと進む事が出来ませう、私に何も出来ないのは当り前の事でした。
 今こそ私はあの人を夫の責任から自由にしなければなりません、さうして行きたいところに行かせ、たとひそれが思ひのまゝにならなくとも、ともかく自分のやりたい事がやれるといふ悦びと幸福の観念とによって私をも幸福にして貰ふより外はありません。其他の事は今までに総て試みて来ました。そして最後にたゞ一つこの道が残ってゐます。さうして今はこの道だけがほんとうであったやうな気がいたして居ります。
 くだくだしくのべて来た割に、何も御脳裡にとまるところがまかったのではないかと恐れます。つまるところは、あの人は今自分の芸術を(たとひ貧しからうと小さからうと)試みるために自由を欲してゐる、さうして私もまたそれを希望してゐる、で冀くは彼が其意志を貴方にあきらかにした時には、どうかおとめにならないで頂きたい、とお願ひ申上げるのでございます。繰り返してさほどに其自由を欲してゐるならば、最初からあの社へとお願ひしなければよかったのですが、前にも申上げた通り当分あの人は我慢する積りだったのです。けれども勤めて見てあの人は苦しくなったのです。自由を慾望するの念が強くなりましたのです、それでも猶我慢させようとすればする人です、(少くも今までは)けれども私はそれをするに忍びません、大袈裟な文字を使へば、あの人は其事に依って精神的にも肉体的にも病者となります、其事は引いては私をもまた苦しめます。
 かうした場合今までは「何故さうであるのか」とたゞたゞ腹だゝしさに私は悶々としてゐるのが常でした。けれども今は静かにそれを手当てして行かなければなりません、半年の病院生活は私に知らず知らずの間にそれを教へました。結果は決して私の予想するところではありません、如何やうにならうとも今はたゞさうするより外に私は今自分のとるべき道を知りません。
 たゞどうか私達の我侭と勝手をお赦し下さい。もとより御都合もありませうから、今急にどうのかうのと申すのではありませんが、どうか心苦しさを押へて披瀝した私の意をお含み置き下さりたう存じます。
 私は妻として或は余りにあの人の生活に肝渉(ママ)しすぎてゐるかも知れません、かう思ふ事は自づから私の顔を赤らめさせます、けれども若し又さうとすれば、あの人が貴方にした我侭はまた私の我侭なのでございます、どうぞ私をも亦お責めくださいまし。
 こゝまでを一通り読み返してみて、羞恥の情をもってこれを膝下にさゝげます。或はあの人に対する私の見方も、従ってすべての考へ方も、或は、或は、私は間違ってあるのかも知れません……私はやっぱり愚かです。
今日は久しぶりに日がさしてゐます。このお天気を暫くつゞかせたいものと思ひます。四月半ば頃にでも一寸上京して見る積りでゐます、さうしてもう一度私の躰の鑑定をして貰ひます、それから先吾々にどういふやうな生活が来るかは一向見当がつきません、併し如何やうにても静かになるがまゝにすせようと(ママ)覚悟してゐます、多分もう暫くの間私は実家に身を寄せてゐる事になるでせう。私に今明かにされてゐることは、ぽつぽつ原稿をかいて薬代の足しにする傍ら、どうしても書かないではゐられなくなってゐるものに手をつける事であります。
 何れ近々にお目にかゝられますことゝ存じます。
 奥さまにも大分御不沙汰して居ります、どうぞ宜しくお伝へ下さいませ。
  乱筆と乱言とをおゆるし下さい。
 三月二十五日

     てい

  前田様


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