どうぞ前略御免下さい。
一昨日川浪からの手紙に、雄さんと乃生ちゃんの御病気の事が書いてありましたが、たいてい大丈夫だらうとあったものですから、とにかく気はかけながらも、自分も少しぐあひのわるいところがあって昨日須賀川にまゐり、診察して貰って一泊の上今し方かへってまゐりました。そしてついてゐた川浪からの手紙をひらきました……あゝ、なんといふことなのでせうか、まさかあの元気な乃生ちゃんがさういふことにならうとは! あのゴム人形のやうな可愛い顔をした乃生ちゃんが永久にこの丗のものでなくなり、これから先育つとか大きくなるとかは無くとも、今までの姿をそのまゝにもこの世にとゞめて置く事が出来ないといふのは、ほんとにほんとに信じられない話です、さうなるまでの経過を実際の目にみたなら或はそれを信じる事が出来るかも知れませんが、(しかし両親の身にとったら実際に見たところでそれはさうでもないのでせうね)たゞ遠くにはなれてゐて、乃生ちゃんがかういふことになったといはれたところで一向それがほんとの事のやうには思はれません。といってかつがれる訳もないのですから、それはほんとの事であるに違ひありますまいが、又も一つほんとの事実があって、その方では乃生ちゃんが今迄どほりぴんぴんしてゐるんだといふやうな、不条理なことが不思議でもなく考へられて仕方がありません。
「ほんとにひょうきんな乃生子をお目にかけたいやうです」といつかの奥さんのおはがきにありました言葉がふとうかんでまゐりました。ほんとにこの言葉は乃生ちゃんをいきなり私の目の前につきつけるやうにありありとあの面影を(私が昨年田舎へかへるとてお暇乞ひにあがった折の)思ひうかべるのでしたのにその乃生ちゃんが、目をつぶっていつまでも動かなくなってゐるとはどうしたって思はれません。
当り前にお悔みをのべる積りだったのについ愚痴をこぼしてしまひました、若しいやが上にもお悲しみをつのらせましたらどうぞお許し下さい、私はほんとは何とも申上げようがないのです、全くなんと申上げていゝのかわかりません、たゞ謹んで清くして天翔ける魂――全くそれは何の懺悔の必要もなく、真直ぐに神の手に導かれる――の前に首を垂れて、願はくはたらちねのその悲歎をして無意義無意味なものであらしめないやうにと祈るより外はありません。
たゞたゞはるかに病んでお役にもたゝぬ身をかなしみつゝ今なほ夕くるゝ湖畔に私は横はってゐます、昨日診察の結果、今度はまた脚気をやって居ることがわかりました。私も洗ひざらひ病気を背負ひ込むことです。
八月二十七日 さびしい夕暮れ
猪苗代湖畔にて
川浪 てい
前田 晁様
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