水野 仙子年譜

参考文献
1. 叢書「青踏」の女たち 第10巻「水野仙子集」
不二出版 1986年4月25日 復刻版第一刷発行
に収録されている川浪道三氏作成の水野仙子年譜


明治二十一年(1888)十二月三日、福島県岩瀬郡須賀川町の商家に服部直太郎の三女として生まれる。
本名テイ。兄は歌人服部躬治(もとはる)。
 須賀川市のホームページ円谷英二(須賀川出身)のホームページ
明治二十八年(1895)四月、須賀川尋常高等小學校に入学
明治三十六年(1903)三月、同校卒業。
明治四十二年(1909)四月、上京して田山花袋の家に身を寄せる。
明治四十四年(1911)四月、日本書簡學會に入り、雜誌「筆の香」を編集する。
八月、職を辞して帰郷。
九月、上京して川浪道三と結婚。下澁谷に住む。
青踏社に加ったのもこの頃。
十二月、父死去。
明治四十五年・大正元年(1912)四月、代々木に引越す。母死去。
十一月、夫の病気療養のため、鎌倉に移る。
大正二年(1913)二月、夫と共に帰京。代々木に住む。
大正四年(1915)九月、讀賣新聞婦人記者となる。
大正五年(1916)三月、肋膜炎を患う。四月、駿河台杏雲堂病院に入院。六月、退院。
七月、郷里須賀川の長姉セツの許で病気療養。
肋膜炎再発。更に腎臓炎、腹膜炎等を併発し九月、同地郡立病院に入院。
大正六年(1917)四月、退院。七月、福島県安積郡高玉温泉に転地。
八月、更に同県耶麻郡上戸(猪苗代湖畔)に移る。
十月、帰京。上大崎に住む。
大正七年(1918)一月、再び病床に就く。
五月、巣鴨に移る。
九月、上州草津で医を営む次姉ケサの許で療養(聖バルナバ医院)。
大正八年(1919)五月、脳膜炎を併発。
同月三十一日午後四時三十分、死去。享年三十歳。
六月二日、火葬に付され、翌日遺骨は東京に運ばれる。
同月五日、雑司ヶ谷墓地(1-15-14側4番)に埋葬される。


水野仙子ホームページへ戻る。